休職中に「何か勉強したほうがいいのだろうか」と考える人は多いと思います。私もそうでした。
時間はある。このまま何もしないのは不安。でも、そもそも本を読む集中力がない。そういう状態で、勉強を始めるべきかどうか悩みました。
結果として、私は休養の途中から資格の勉強を始めました。ただ、それは「元気になったから」ではなく、いくつかの条件が揃ったからでした。この記事では、そのあたりを書きます。
※これは一人の当事者の体験談です。療養中の過ごし方は人によって異なります。
最初の時期は、まったく無理だった
正直に書くと、休み始めてしばらくは、勉強どころではありませんでした。
活字が頭に入ってこない。同じ行を何度も読む。数ページ読んだだけで、頭が重くなって続かない。
この時期に無理に机に向かうと、「昔はできたのに」という比較が始まって、余計に落ち込みます。私は一度それをやって、やめました。
あとで思ったのは、集中力が戻っていない時期に勉強しても、身にならないだけでなく、自信を削る作業になるということです。この時期は、休むこと自体が仕事でした。
始めるかどうかの判断基準
私が実際に「これなら始められそうだ」と感じたのは、次のような状態になってからでした。
- 生活のリズムがある程度戻っている(起きる時間、寝る時間が安定してきた)
- 30分程度なら、文章を読んで内容が入ってくる
- やらなかった日に、自分を責めずにいられる
- 締め切りのない状態で始められる
とくに3つ目と4つ目が大事でした。この時期の私は、「できなかった自分」に対して非常に厳しくなっていました。だから、できない日があることを前提にできる形でないと、勉強そのものが新しい自己否定の材料になってしまいます。
逆に言えば、始めるかどうかを迷っているうちは、まだ早いのかもしれません。
どんな勉強を選んだか
私が選んだのは、人のキャリアを支援する分野の資格でした。
選んだ理由は3つあります。
ひとつは、もともと関心がある分野だったこと。義務感だけでは続かないと分かっていたので、内容そのものに興味が持てることを条件にしました。
ふたつめは、進み方を自分で決められること。講座の形式にもよりますが、いつ、どれだけ進めるかを自分で調整できるものを選びました。
みっつめは、途中で止まっても誰にも迷惑がかからないこと。誰かと組んで進めるものや、期日が厳格なものは、この時期には向いていませんでした。
逆に、この基準に照らして避けたのは、試験日が近い資格や、短期集中型の講座です。
勉強を始めてから起きた、いい変化
実際に始めてみて、想定していなかったプラスがありました。
ひとつは、「今日はこれをやった」と言えるものができたことです。休職中は、一日の終わりに振り返っても何も残っていない日が続きます。その空白が、罪悪感を育てます。少しでも積み上がるものがあると、それが薄らぎました。
もうひとつは、自分の状態を測る物差しになったことです。「今日は15分で疲れた」「今日は40分いけた」という記録が、体調の目安になりました。気分は日によってぶれますが、集中できた時間は比較的はっきり分かります。
そして、これは思いがけない効果でしたが、学んだ内容そのものが、自分の状況を整理するのに役立ちました。働くこと、キャリアの選び方、人が仕事に何を求めるのか。そういうことを学ぶ中で、自分の転職や働き方について、少し引いた視点で考えられるようになりました。
気をつけたこと
一方で、意識して気をつけたこともあります。
- 1回の時間を短くする。長くやれた日でも、翌日に響かない量にとどめる
- 「1日◯時間」ではなく「やる日はやる」くらいのゆるさにする
- できなかった日を記録に残さない(減点方式にしない)
- 体調が下がってきたら、迷わず止める
最後の点は、意外に難しかったです。少し進み始めると、勢いを止めたくなくなります。でも、そこで無理をすると、また振り出しに戻ります。
「今日はやらない」と決めることも、進めることと同じくらい大事でした。
勉強と、転職活動の違い
ひとつ、はっきり違いを感じたことがあります。
同じ「次に向けた準備」でも、勉強と転職活動では、心にかかる負担がまるで違いました。
勉強は、自分のペースで進められて、誰にも評価されません。一方、求人を見る、応募する、面接を受けるという活動は、常に他者の評価がついてきます。この時期の私にとって、それはかなりの負荷でした。
だから、順番としては勉強が先でよかったと思っています。まず、評価のない場所で少しずつ動く感覚を取り戻す。そのあとで、評価のある場所に出ていく。
おわりに
「休職中に何もしないのは不安」という気持ちは、よく分かります。私もずっとそう思っていました。
ただ、その不安を消すために勉強を始めると、たいてい続きません。目的が「不安を消すこと」だと、うまくいかなかったときに不安が増えるだけだからです。
始めるなら、「これなら少しずつ進められそうだ」と思えるものを、始められそうなタイミングで。それくらいのゆるい入り方が、結果的には長く続きました。
そして、何もしない時期があったからこそ、そのあと動けたのだとも思っています。何もしていない時期は、無駄な時間ではありませんでした。
勉強以外に、この時期にやってよかった小さいこと
資格の勉強は、ある程度回復してからの話です。そこまで行かない時期にやってよかったことも書いておきます。
- 家の中の一か所だけ片付ける(引き出し一つ、机の上だけ)
- 短い散歩(家の前まででもいい)
- 料理を一品だけ作る
- 写真を撮る、音楽を聴くなど、上手下手が関係ないこと
- その日にできたことを一つだけ書き留める
共通しているのは、成果を人に見せなくていいこと、そして途中でやめても誰も困らないことです。
最後の「できたことを一つ書き留める」は、地味ですが効きました。この時期は、できなかったことばかりが記憶に残ります。「今日は洗濯物を干した」と書いておくだけで、一日が空白ではなくなりました。
逆に、この時期にやらなくてよかったのは、大きな部屋の模様替えや、長期の計画づくりです。始めると途中で力尽きて、散らかった部屋と中途半端な計画だけが残りました。
焦りが強くなったときに考えたこと
それでも「何もしていない」焦りが強くなる日はありました。そういうとき、自分に言い聞かせていたことがあります。
ひとつは、療養そのものが必要な工程だということ。骨折した人に「寝ているだけでは意味がない」とは言いません。回復にかかる時間は、無駄な時間ではなく、必要な時間です。
もうひとつは、この時期に無理をして得た「成果」は、たいてい長続きしないということ。焦って始めたことは、たいてい途中で止まりました。そして止まったときに、また落ち込みました。
急ぎたい気持ちは自然なものですが、急いだ結果として遠回りになった経験のほうが、私の場合は多かったです。
学んだことが、あとで役に立った
最後に、少し先の話を書きます。
療養中に始めた勉強は、資格そのもの以上に、考え方の面で役に立ちました。
人が仕事に何を求めるのか、働く環境と本人の相性はどう決まるのか、キャリアの選択にはどんな段階があるのか。こうしたことを学んでいると、自分の状況を「自分の問題」としてだけ見なくなります。
体調を崩したことを、それまでの私は自分の弱さの問題として捉えていました。学んだあとは、環境との相性や、働き方の構造の問題としても見られるようになりました。この視点の変化は、自分を責める時間を確実に減らしてくれました。
どんな分野を選ぶかは人それぞれですが、「今の自分の状況を、少し違う角度から見せてくれるもの」を選ぶと、勉強そのものが回復の助けになることがあるのかもしれません。
※この記事は個人の体験に基づくもので、治療の代わりになるものではありません。療養中の活動については、主治医と相談しながら進めてください。
